知性がない

なけなしの知性で生き延びていこうな

『聴くということ』エーリッヒ・フロム

現代ではもう精神分析なんて意味が無くて、医療として行っている人はもう少ないし、精神病院でもやらないだろう。確かに、人を寝かせて好きなことを言わせていれば治るだなんて本当かどうかわからないし、フロイトは悪名高すぎるし、その後に続く人もドヤ顔でよくわからないことをいう奴が多い。けれど、食わず嫌いせずに読んでみると、精神分析の人にはある真摯さがあることに気づくだろう。人間の精神のぐちゃぐちゃに、手段と理論はどうであれ、逃げること無く向き合おうとしているように見えるのだ。人間について考えるとき、なぜか何度も精神分析家の本に戻ってきてしまうのはそのせいだろう。*1

聴くということ

聴くということ

『自由からの逃走』*2を書いたエーリッヒ・フロムの遺稿と講義をまとめた本がこれで、彼は結構愛とか勇気とか自由とかいうことを真面目に考えている人なんだけど、同業者には厳しくて、相手の話をオウム返しにする精神分析によってトラウマを暴きだしたとして、それで全てをトラウマのせいにすることで解決するかというとそうじゃなくて。それだと結局何も変わらなくて、そのあとそのトラウマ付きの自分自身の人生と向き合って根本的に人格をどうにかしないと治療には結びつかないんだよ!!!ということを言っていたりする。

この本では、ナルシシズム的人間をディスりまくる章と、親に支配されたまま、人の顔色を伺って暮らしている28歳の女性の人生がうまくいかない話が面白かった。フロムは非常に明晰で良い文章を書くが、それゆえに、読んで、自分のありさまを見て、つらい!となるようなことも多い。

既婚者でありながら、多くの情事をしないではいられない男を例に取りましょう。彼は、妻のところで見事な口説き話を全部すると、妻が喜ぶと期待しています。彼は分析家のところに来て、「妻は私を愛していません。なぜなら、彼女は私の口説き話に満足してくれず、私がしていること、何人の女が私になびいたかに興味が持てず、無関心だからです。」といいます。この男の馬鹿げた議論は、彼が自分、すなわち自分に関係することだけを体験する能力しか持っていないことを示しています。つまり、彼自信はそうした類のことが必要なので大満足ですが、妻のリアリティを理解する能力は完全に欠けています。極めて当然ながら妻はあまり愉快でないことがわからないのです。*3

ナルシシズム的人間とは、現実が主観的に進行する人だとフロムは言っている。 つまり、自分の感情や受け取り方だけを事実と感じてしまう。自分と関係がない世界は現実味を帯びなくて、何の意味も感じる事ができない人間。しばしば非常に魅力的に見えるし、どんなことをされても許すが、その代わり自分のナルシシズムを傷つけられることには耐えられない。ナルシシズムは、自己愛と混同されるが、ナルシシズム的人間は、自分のことすら愛していない。だから他人も別に愛せない。

と、このようなことが書いてあるが、これめっちゃ刺さるよね。しかもこのナルシシズムの克服は「一生仕事で、これを完全に克服したら聖人と呼ばれる存在となれるだろう、だが大事なのは克服の程度ではなくどの方向に進んでいるかだ」、とまで言っている。この部分だけで恋愛指南本が何冊か書けそうだ。結局、どこかしらに愛を向け、愛するにも愛されるにも足る存在になるには、自分の世界から出ていく必要があるんだな、とこう書くとありきたりに見えてしまうけど。

他にも刺さるところがあって、

人が健康であったりなかったりする、苦しんだり苦しまなかったりするその理由は、ある事実に求められます。その人の状況、失敗、人生の方向付けの誤り(それは三歳以降から体系だったものとなります)、またときには体質的要因、様々な境遇の特定の組み合わせ、そうしたもののせいで、彼らは人間なら可能なはずの発達の上限に至るための適切な条件に恵まれないのです。そこで彼らは自分自身の手で、不器用なやり方で、救済を求めようとするのです。   心の成長の可能性が満たされない状態を庭の木と比べてみましょう。それは二つの壁に挟まれたコーナーにはえていて、ほとんど日が当たりません、この木は完全にひねくれた形に育ちました。それが、太陽に当たる唯一の方法だったからです。*4

kindleで本を読んでいると、この部分はn人がハイライトしましたみたいなものを見ることができて、そこでは名言じみたところばかりがぴかぴかしているんだけど、こういう比喩みたいなの方が刺さるし、それっぽい名言の断片よりは覚えていることができる気がする。 これとかも、多分人生について多少まじめに考えたことのある人なら、何も考えずにはいられないような部分だと思う。

聴くということ

聴くということ

*1:ユングはその点自分のファンタジーに浸かり過ぎなので私は好きではない

*2:これもめちゃくちゃいいので読んで

*3:第三文明社 302ページ

*4:第三文明社 114ページ