知性がない

なけなしの知性で生き延びていこうな

売りたくなかったギターのこと

ワープアだった頃がある。 夢を追っていたと言えば聞こえはいいけれど、単に働くのが下手すぎるだけだったし、そもそも夢なんて追ってなかった。

金目の物を探して部屋を漁っていた。本当に最悪の気分だった。自分で自分の部屋を漁ることがこんなにも不愉快だとは思わなかったし、こんなことをするぐらいなら死んだほうがまだマシだったかもしれない。けれど、このままでは家賃も払えなかったのだ。

当然ながら自分の部屋に大したものはない。

本棚の本には絶対に手をつけたくなかった。二束三文なことはわかっていた上に、自分の一部になっていたほど大事なものだったから。でも、売った。

大学に入ったときに買ってから、ずっと大事にしていたギターがあった。マトモに弾けなんてしなかったけれど、どれだけのつらい瞬間を救ってくれただろうか。赤いテレキャスター、本当にかわいいやつ。でも、それも売った。すごく大事なものだったけど、大した値段にはならなかった。

パソコンまでは売らなかった。もちろん大した値段にはならない。だけどこれを売ると本当にどこにも行けなくなることぐらいはわかっていた。

毛玉だらけのユニクロの服に値段がつかないことは知っていた。

他に売れるものはなかった。

かなり寂しくなった部屋に寝そべって蛍光灯を眺め、やっぱり空腹だった。家賃はギリギリ払えそうだったけれど、食費の分が足りなかった。

お金は借りたくなかった。でもどうしようもない。誰かに土下座はしなければならなかった。けれど返すアテのない金を貸してくれるやつが居るわけもない。こんな生活が続けられるわけもない。そもそももう売れるものもなかったのだし。

このまま自分は蛍光灯の光を目に焼き付けたまま死ぬんだろうかと考えて、考えた。時間が1秒ずつ流れて、まだひとつ売れるものがあることに気がついた。

それは自分だった。

自分はどうやらまだ死なないらしい。時間があった。そして一応立つ足と動く手とがあった。残念ながら正気に近い脳があった。働くとは、自分の時間を売ることだ。時間は自分の寿命だ。売りたくなんてなかった。でも売ることにした。金は職場に借りようと思った。蛍光灯を消すと目の奥に光が残って不愉快だった。